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コラム

イーハトーブ釣り紀行
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volume 9 〜 芽吹きのライズ 〜   村田 久

 5月の連休が終わるのを、待っていたかのように木々は、いっせいに芽吹きはじめた。
 山も森も、煙るような薄黄緑色の美しい衣をまとう。草花は咲き乱れ、小鳥のさえずりは高く、野の生命があふれんばかりだ。
 こんな季節を待っていた。そろそろ、定年釣り師の出番ということだ。
 そんな折、僕の気持ちを読んでいたかのようにロッド工房「カムパネラ」の宇田さんが、ふらりと訪ねてきた。
 「連休も終わったし、どう二人でのんびり川を歩こうよ。どっか、いい川ないの」
 「いいね。祖父(じい)さまの道連れですか」
 彼と釣りをするのは久しぶりだった。
 おしゃべりしながらコーヒーを飲んだりしていたので、家を出る頃には昼近くになっていた。どうせ散歩がてらの釣りだ。

 僕の家から一っ走りの距離にある、砂鉄川(さてつがわ)へ車を走らせた。川沿いをしばらく行き、摺沢(すりさわ)の「流れの矢橋」(ながれのやばし)を渡った。
 山際の道を迂回しながら下ると、目の前に砂鉄川の流れが飛び込んできた。
 「いい流れだね。濁りは田んぼからの水かな。これくらいなら、毛バリでいけるよ」
 宇田さんは、確信するように頷(うなず)くと手早く身支度をして、川へ下りていった。
 風はなかった。日差しがまぶしかった。
 萌黄色(もえぎいろ)の森がきらめいて、息をするたびにかぐわしい香りに包まれた。うっとりする。
 川岸に点々と、山吹の花が咲いていた。この時期に釣れる、まばゆいばかりの幅広のヤマメを、「山吹ヤマメ」と呼んで称賛する釣り人が多い。

 おっと、前方にいた宇田さんが声を上げた。竿先が震えて、白い水しぶきが上がった。
  白い魚体がキラッと見えた。ヤマメらしい。振り向いた宇田さんが、小さいといって笑みをこぼした。チビッコでも、ヤマメはヤマメだ。魚の反応はあるようだ。

  俄然やる気が出てきた。彼に後(おく)れを取ってはならない。ぼんやりしている、時ではないのだ。
 毛バリを振った。ていねいに、そしてここぞと思う場所は、しつこく毛バリを放り込んだ。毛バリを銜(くわ)える魚は、全くなかった。

 間もなく足音がして、上手から宇田さんが戻ってくる姿が見えた。彼と並んで何か話しながら歩いてくる、もう一人釣り人がいた。どうも、僕らの前に先行者がいたようだ。
 「ずっと上流に、もう一人エサ釣りがいるから、ここは諦めた方がいいな」
 宇田さんの言葉に、場所を移動することを決めた。エサ釣りの男は、小さなヤマメを数匹釣り上げていたという。

 沖田(おきた)の集落を抜け、中川川(なかがわがわ)沿いに走っていたら、ふいに宇田さんが大声を上げた。
 「ライズだ」
 彼は目敏(めざと)く、川面がはじけるのを見つけたのだ。少し広くなった路肩に車を寄せて、ライズを見たという地点まで、二人は歩いていった。
 「どうぞ、釣って」と僕がいったら彼は、当然とばかりに川岸に立った。
そりゃ、ライズを見つけたのは彼だから、先に竿を振る権利があるというものだ。
 川は澄んでいた。意外と流れの早い瀬に、彼は毛バリを落とした。ガバッと、一発で出た。
グイ、グイと竿先が大きく曲がり、彼は流れを下りながら引きをこらえた。
 でかいヤマメだ。何度か水しぶきが上がり、彼の足元にヤマメが横たわった。

 紅の帯が、うっすらとにじんだ美しいヤマメだ。まさしく山吹ヤマメだ。宇田さんの顔がほころんでいた。
  僕は急いで、彼の下手についた。チャラ瀬で、小さなライズを見たのだ。毛ばりを放ると、流れの中に光芒(こうぼう)が走った。よく肥えたヤマメが、足元に転がってきた。
 通り雨みたいな、ヤマメの食いだった。二人は慌てふためきながら、川の中を駆け回っていた。

そのうち、ぴたりとヤマメの食いが途絶えた。二人は汗だくになっていた。二人はしばらく川岸に腰を下ろしたまま、ぼーとしていた。


P r o f i l e

村田 久(むらた ひさし)
●1942年北海道生まれ。ネイチャーライター。
●釣りエッセイストの草分け的存在で、自然に対する造詣も深く、自然環境問題に関する講演・シンポジウムでも活躍。
●「イーハトーブ釣り倶楽部」「底なし淵」「定年釣り師」ほか著書多数。
●その他、ビデオ作品「フライ・フイッシング・イン・イワテ」の監修など。
●現在、雑誌「Fly Fisher」にてエッセイを連載中。
●岩手県一関市在住。


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