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イーハトーブ釣り紀行
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volume 7 〜 夏イワナ 〜   村田 久

 西瓜(スイカ)、玉蜀黍(トウモロコシ)、カキ氷、風鈴、団扇、祭り、夜店、花火、盆踊り、七夕、蛍(ホタル)、蝉(セミ)、川遊び、夏休み、など思いつく夏をイメージする語句を並べてみた。まだまだあるだろう。
 どの言葉からも、胸がわくわくするような響きと、懐かしい風情を感じるではないか。
夏が大好きなのは、そんなところにあるのかもしれない。


 夏といえば、暑いと決まっている。
しかし、今年の夏は半端じゃない。夏が好きな僕も、つい愚痴(ぐち)が出てしまう。

 野アユを追って、流れの中に立ちこんで竿を出していると、身体全体が焼けるように暑いのだ。じりじりといった暑さは、久しぶりともいえる。流れの中に腰を落として、頭から水をかけながらアユ釣りをした。

 「こんな日に、また川に出かけるのですか。トシを考えなさい。トシを。本当にあきれてものもいえないわ。熱中症になりますよ。」

 夏の暑さに耐えて、妻の小言にも我慢して夏の川に通う。これは夏の修羅場だ。でも、そこに意義があるのだ。と僕は、ひそかに信じているのだ。


 さすがに炎天下のアユの釣りは、少し遠慮することにした。
 どこか涼しい木陰のあるところで、毛バリを振りたかった。山あいの谷にもぐりこもう。
 そんな雰囲気のする谷川を、頭に浮かべてみた。

 猿ヶ石川の源流域。薬師川の上流。葛根田川の支流。秋田県の成瀬川などであったが、どうもひとつ決めてに欠けていた。

 やはりアユのことが気になるのだ。北国の夏は短い。あっけなく終わる。だから、できるだけ野アユを追いたいと思う。

 フライとアユ釣り。これが僕の夏のセットで常に車のトランクにはアユ釣りの道具とフライの道具がごちゃ混ぜになっているのだ。アユが駄目なら、毛バリを振るといった臨機応変に、釣る魚を変えているのだ。
 といっても、二股かけて失敗することもしばしばあった。

釣りはそんなに甘くはないのだ。それでも節操なく、二兎を追うことをやめようとしない。

 夜明けと同時に駆けつけたのは、西和賀の沢内村だ。和賀川の源流にもぐりこもうというという算段だった。


 今日も朝からむし暑い。ガリガリの炎暑になりそうだ。赤沢林道をたどり、荒れた崖際の狭い場所を過ぎると、深い森が前方に広がってくる。行き止まりまで行き、そこから谷底へ下りた。夜は明けていた。

 周囲の森からもう、蝉が鳴き出していた。
 青白く透き通った流れが、岩場を縫いながら山あいの森へ延びていった。
 日が高くならないうちに切り上げて、西和賀川のアユ釣りをのぞいてみようと思った。


 足首を洗う流れが、ひやりとして気持ちがいい。今年の夏は胴長靴を履かないで、ズボンに直接フェルト底の短靴だけにしていた。

 ダブダブと胴長靴を履いて、川を歩くのは汗をかくし、とても疲れるのだ。

 しばらく毛バリを放りこんでいったが、魚の出る気配はなかった。この暑さ、イワナだってどこか避暑に出かけたい気分だろう。ふと前方に目がいった。樹木の枝が張り出した下が、薄暗くいかにもイワナが潜んでいそうだ。

 何投目かに、うまく毛バリが枝の下にもぐりこんだ。ふわっとイワナが浮いてきた。

 ゆっくり、じれったくなるほどのんびり、カポッとイワナは毛バリを呑みこんだ。

 水しぶきが上がった。頭を振りながら良型のイワナが手元に寄ってきた。

 青味がかった、すらりとした美しいイワナだ。それから、一つ、二つとイワナが出た。

 もうこれで十分だと思いながらも、足は上流へ向かっていた。
 気がつくと僕は、わんわんと鳴く蝉しぐれに包まれていた。



P r o f i l e

村田 久(むらた ひさし)
●1942年北海道生まれ。ネイチャーライター。
●釣りエッセイストの草分け的存在で、自然に対する造詣も深く、自然環境問題に関する講演・シンポジウムでも活躍。
●「イーハトーブ釣り倶楽部」「底なし淵」「定年釣り師」ほか著書多数。
●その他、ビデオ作品「フライ・フイッシング・イン・イワテ」の監修など。
●現在、雑誌「Fly Fisher」にてエッセイを連載中。
●岩手県一関市在住。



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