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イーハトーブ釣り紀行
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volume 6 〜 定年釣り師のロッド 〜   村田 久

 静かだ。風はまったくなかった。
時々静寂を破って森の奥から甲高い鳥の鳴き声が届いた。
なんという鳥なのか、わからない。
 秋の澄み切った、さわやかな大気が谷間に満ちていた。
 こんな穏やかな日に、川を歩けるのが嬉しくて、ひとりでに顔がほころんでくる。

それもそのはず、今日は特別な日なのだ。といっても、それほど大げさな話ではない。
新しく手に入れたロッドの使いはじめが、この日に当たったのだ。
  これまで購入したフライロッドは数えてはいないが、グラスファイバー、カーボン、バンブーロッドとかなりの本数に上がるはずだ。
  だがそれらのロッドを、満遍なく使いこなしているかというと決してそうではない。 気がついてみると、いつも使用するロッドは数本だけになっている。気に入ったロッドはほんの一握りということなのだ。

 沼のヘラブナ釣り、ヤマメやイワナの渓流釣りにアユ釣り海釣りと、僕はこれまで多種多様のロッドを買い求めてきた。しかし、ロッドを選ぶのにこれといった基準など持ち合わせてはなく、特に好きなメーカーもなかった。いいなぁと思ったら、後先を考えずに衝動買いする癖がある。だから、たいがいしまったと後悔することが多いのだ。

 それにしても、各メーカーの釣り道具の氾濫には、目をみはる思いだ。
  物がなかった子供時代は、釣り竿は裏の竹やぶから矢竹を切って、つなぎ合わせを作った。でかい魚を掛けると、折れたりすぐに曲がって使えなくなる粗末な竹竿だった。

 釣り糸は木綿糸で、母の裁縫箱からこっそり盗んだ。浮子は桐の枝を削り、赤色のクレヨンを塗ってこしらえた。ほとんどが有り合わせか手作りで、なんとか間に合ったものだった。それでも、ハヤ、オイカワ、ニゴイ、たまにコイも釣り上げることができた。

  穂先が曲がりっぱなしの不細工な竹竿が、たまに思い出されて懐かしくなる。
  納得できるロッドは自分で作るのが一番なのだろうが、そうたやすいことではない。

  できることなら、ロッドを作ってみたいと思うこともあった。そうこうしているうちに、60歳の定年を迎えてしまった。


 ある日手作りロッド工房カムパネラの宇田さんと雑談している最中に、これからのんびり釣りができる、僕のパートナーみたいなロッドがあれば嬉しといった話になった。

  それは面白い、やってみましょうということになり、僕の我がままがいっぱい詰まったカーボンロッドが出来上がった。
  その完成の試し振りが、シーズンの終わりに間に合ったのだ。
  なんか胸がドキドキする。
  そうだ。新しい竹竿ができて、わくわくしていた子供の頃に良く似ていた。


  ロッドをつなぎ、ラインを通す。心なしか手が震える。毛ばりは、しっかりと結ぶ。
あそこの岩の下手が、穏やかなトロ瀬。
ラインを引くと、ジャーとリールが鳴った。ゆっくりとロッドを振った。
ふわりと、毛バリは岩の下手に落ちた。
  バシャッと、いきなり川面がはじけた。カクンとロッドの先がおじぎした。
グイグイと魚は、下流に疾走をはじめた。こらえると、白いヤマメの魚体が、2度、3度躍り上がった。ほんのりと紅をつけたヤマメが、手元に静かに寄ってきた。
  きりっとした美しいヤマメだった。


 なんと素晴らしい、処女航海ではないか。

このロッドとは、長い付き合いになりそうだ。



P r o f i l e

村田 久(むらた ひさし)
●1942年北海道生まれ。ネイチャーライター。
●釣りエッセイストの草分け的存在で、自然に対する造詣も深く、自然環境問題に関する講演・シンポジウムでも活躍。
●「イーハトーブ釣り倶楽部」「底なし淵」「新・釣り師列伝」ほか著書多数。
●その他、ビデオ作品「フライ・フイッシング・イン・イワテ」の監修など。
●現在、雑誌「Fly Fisher」にてエッセイを連載中。
●岩手県一関市在住。



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