photo
HOME NEWS ロッドモデル一覧 オリジナルロッド工作室 コラム おすすめの一品 工房案内
コラム

イーハトーブ釣り紀行
ListPrev

volume 5 〜 釣れなくても 〜   村田 久

 このごろ、なぜか魚が釣れない日が多くなった。なぜだろうか。
 川が汚れてしまった。魚がいなくなった。それに、ずいぶんと釣り人が増えた。
それとも、釣りの腕が未熟なのか。といっても、釣れないのは僕だけで秘密の場所とかで、独りほくそえんでいる釣り人がおるのかもしれない。

渓流 魚が釣れないのをぼやきながら、ロッドを振っているうちに、なんとなく気がついたことがあった。以前と較べて、釣りに行く日数が少なくなっていた。そうだ、朝から夕方まで丸一日、ロッドを振るなんてのは、まったくやらなくなった。
 せいぜい半日、いや数時間で川から上がることもあった。思うに釣りに対するしつこさや、粘りが鳴りをひそめてしまったのだ。
 友人の一人がある日、釣れないとすぐに諦めてしまう僕を見て、冷たく言い放った。
「お前は老いたのだ。すべてがトシ、トシなのだ。気力がなくなったのだ」
 なんという言い草だ。
なにも釣りに行きたくないというわけではなく、釣りへの意欲はいっぱいあるのだ。

ヒカリ  雪の舞う日がある三月。ヒカリ釣りの解禁にだって、ここ数年欠かさず出掛けていた。老眼をしょぼしょぼさせながら、ミッジを巻く夜だってあるのだ。
 そりゃ、若い頃と違って今は大分、体力が落ちていることはわかっている。釣りへの勘も、鈍ってしまったことは認める。
 負け惜しみではないが、魚が釣れなくたって、それに見合うものがあれば、それでいいじゃないかと思うことがある。
 いや、そう思うことにしたのだ。


新緑たとえば、芽吹きの五月。
 空は真っ青で、日の光がまぶしい。
 芽吹きの谷を独り、ゆっくり歩いていく。思い出したように、谷の奥からやんわりと風が滑り落ちてくる。
 かぐわしい森の香りが、鼻をくすぐる。

新緑の谷川は、煙るような淡い薄緑色にすっぽりと埋もれていった。こんな季節に、ロッドを振るのはぜいたくそのものだ。谷の湧き水でコーヒーを沸かすのもいい。

ふきのとう たまに幅広のヤマメが、ロッドの先を震わせる。こんな日には、一匹で十分だ。

そうそう、早春のヒカリ釣りを忘れていた。凍えるような寒さの中で、ナイフのようなきらめきが走る。なかなか釣れないヒカリだが、春の生命を宿したヒカリに、一目会えるだけで嬉しくなってくる。土手の日だまりには、もうフキノトウの芽も出ている。

イワナ 夏はイワナが旬だ。山釣りの楽しい季節。セミしぐれの中、流れをけ散らしながら谷を上がっていく。
 でかいイワナが、水しぶきを上げる。
 まるで、森の緑を塗りつけたような、青みがかったイワナ。
 どんどん、森の奥へと分け入っていく。この辺り、まだブナの森が残っている。

 今日は谷川のそばで、眠るつもりだ。
 そうなのだ。たとえ魚が一匹も釣れなくてもいい。まぐれで、一匹釣れたらそれはそれで嬉しいことだ。

 美しい森と川の流れ。それさえあれば、楽しい釣りができるではないか。と思っている。


P r o f i l e

村田 久(むらた ひさし)
●1942年北海道生まれ。ネイチャーライター。
●釣りエッセイストの草分け的存在で、自然に対する造詣も深く、自然環境問題に関する講演・シンポジウムでも活躍。
●「イーハトーブ釣り倶楽部」「底なし淵」「新・釣り師列伝」ほか著書多数。
●その他、ビデオ作品「フライ・フイッシング・イン・イワテ」の監修など。
●現在、雑誌「Fly Fisher」にてエッセイを連載中。
●岩手県一関市在住。



特定商取引法表記リンクSITEMAPお問い合せE-Mail
Copyright (C) 2007 Campanella. All Rights Reserved.